2011/03/15(火)
ナガタです。
毎日、刻一刻と明らかになる悲惨な現実。
いつまで経っても収まらない余震。
テレビで何度も何度も放映される映像が、
現実であると信じる事が出来ない自分がいます。
映し出される人の悲痛な叫びを、正面から聞けない自分がいます。
千葉に住む従弟は、東京から自宅に戻れず
帰宅難民になったものの無事とのこと。
群馬に住む友人は、緊急地震速報が入る度に
生後6カ月の娘を抱えて玄関まで走っていると言っていました。
栃木の国土交通省に勤める友人は、毎朝早くから
地震対策体制で対応に追われているみたいです。
とても厳しい現状を改めて痛感しつつ
幸い大事に至った友人知人はいなかったようですが、
そのまた知人は、ご家族は…と考えると
いたたまれない思いがします。
名古屋にいて、できる事は何かないか?
「すぐに飛んで行って、何かできることは…」
「必要なものを送ることはできないだろうか…」
考えます。
中村店のみんなも考えています。
安江工務店のみんなも、ものすごく真剣に考えています。
だけど、今素人が現場に飛び込んでも邪魔になるだけで。
物資輸送も、混乱を招くので取り急ぎは控えるしかない。
本当に必要な物は、
ガレキを一瞬にして片付ける機械とか
被災者を探し当てる事のできる探知機とか
…きっとそんな、非現実的な物ばかりで。
いまは、歯がゆいけどここ、名古屋で
信頼の置ける機関に義援金をお預けして
あとは、今できる仕事を、日々の暮らしを
大切に一生懸命過ごすだけなのかなと思います。
資源を無駄に使わない、不要な買いだめはしない…。
阪神大震災の時。
私は生まれも育ちも神戸なのですが、
たまたまその前後3年間だけ、神戸に住んでいませんでした。
被災もせず、親族も幸い無事で、
震災後2年程して家族で神戸に戻りました。
街はすっかり復興していましたが、
人々のこころの傷は
震災を経験しなかった人が想像できないくらいに深くて。
中学を卒業するくらいまでは、毎年定期的に
「まだ震災の夢を見る事がある」
「震災の事を思うと不安で眠れなくなる事がある」
そんな質問にはい・いいえで答えるアンケートが配布されていました。
震災の起こった日には毎年学校の全員で黙とうを捧げ
震災後、神戸の為に作られた歌を歌います。
(子供の歌から大人の歌まで、あの時たくさんの歌が作られました)
まだ全然楽観視はできない、緊迫した状況ですが
きっとそうやって、神戸の街のように
東北の街も、蘇ってくれると信じています。
今はただただ、守られた命が大切にされるように、
これ以上の被害拡大が少しでも抑えられるように
祈るばかりです。